締め切りがないものは、いつまでも出せない

締め切りがないものは、いつまでも出せない。書きかけの紙のまわりを、鉛筆の線が何度も巡っている。

先日、仕事で伺った先に、
テレビ局の方たちが
取材に来ておられました。

地元の特産品の取材です。

じっくり見ていたわけでは
ないんですけど。

「物撮り」というんですけど、
品物の撮影を、
すごく丁寧にやっておられました。

その様子を見ながら、
僕はこれまでの自分のことを考えていました。

目次

僕が撮影の仕事をしていた頃

僕も、こういう撮影を
仕事でやっていたんです。

起業してから、
積極的に営業は
かけていないんですけど。

動画制作の依頼が来たら、
受けるようにしていました。

それなりの収入にはなります。

でも、時間がかかるし、
何よりも、楽しくない。

撮影と編集を外注して、
自分はディレクションだけ、
という形にもしてみました。

それでも、やっぱり楽しくない。

心労ばかりが、多くなって。

正直、あまり
好きじゃなかったんですよね。

たぶん、自分に
積み上がらないからだろうな。

そう思って、いまはもう
自分では受けずに、
ほかの方をご紹介することにしています。

で、取材の様子を見ていて、
もうひとつ、
思い当たることがありました。

合格か、不合格か

作ったものが、
合格なのか、不合格なのか。

その基準が、
僕の中で、はっきりしないんです。

もちろん、目的が違ったら、
正解も変わります。

それはいいのですが、他にも、
センスや趣味の領域の部分も大きいですし、
人によって評価や感想が違うし、
よく分からないんですよね。

デザインとか、広報とか、
広告とかをやっていた時と、
似たような感覚です。

これが、僕の中では、
制作で手が止まる
原因のひとつになっています。

締め切りがあるものは、まだいい

外から締め切りが
決められているものは、
まだいいんです。

その日が来たら、
出すしかないので。

時が解決してくれます。

でも、そうでないものは、
結局のところ、
いつまでも出せない。

この夏もそういうことがありました。

ある方に、お願いごとの
メールを送ろうとしていました。

送るまでに、
足かけ9週間かかりました。

6割ぐらいのもので出して、
フィードバックを受けながら
良くしていく。

そういうやり方があるのは、
わかっています。

でも、お願いをするのだから、
中途半端なものは、
なかなか出せない。

そもそも、何を聞くのか。
これでいいんだろうか。

散々ブラッシュアップをして、
納得がいかなくて、止まる。

そのくり返しでした。

相談していたAIからは、
早く出すようにと
言われ続けていたんですけど。

動けないときは、動けない。

それでも自分を責めず、条件のほうを整える

ただ、その9週間、
自分をダメだとは
評価していませんでした。

僕には、完璧主義を
求めるところがあります。

それはもう、ずっと
僕の性格としてあるわけで。

それ自体を否定しても、
しょうがない。

だから、その性質は
事実として認めるしかないです。

じゃあ、どういう形になれば
出せるのか。

そういった条件をどう整えるか
を考えるようにしていました。

これで出して、本当に大丈夫か。
そもそも、これを聞いて何になるのか。

さらには、その方にお願いしなくても
進められる方法がないか、
というところも含めて考えました。

完璧なものなんて、ないのに

お願いごとのメールは、
なんとか送ることができました。

とはいえ、締め切りのないものは、
なかなか片付きません。

誰にとっても完璧なものなんて、
ないのに。

ついつい、誰からも
何も言われないようにしようとして、
時間をかけてしまう。

締め切りというものは、
非情で冷徹なルールである一方で、
完璧から解放をもたらしてくれる
恵みでもあるんだよなぁ。

…そんなことに思いを馳せている間も、
テレビ局の方たちの丁寧な撮影は続いていました。

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