AIに1週間のログを見せたら、「やってる感」という指摘が痛かった

僕は毎日、日誌をつけています。

その日あったことを記録するというより、
そのときの感情や気づきを書き留める
「ジャーナリング」のようなもので、
無理のない範囲でゆるく続けています。

それをもとに毎週レビューをしているのですが、
先日、1週間分のログをAIに見せてみました。

そして、「何か気づいたことある?」って
聞いてみたんです。

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AIの一言が、心をえぐった

すると、AIから返ってきたのは、
こういう言葉でした。

「環境づくりの設定は進むのに、
アウトプットは止まりますね」

……うん、知ってた。
でも、改めて言われると、なかなか痛い。

今回はAntigravityという
AIエージェントツールを使って、
Obsidianに蓄積している
1週間の日誌データを解析してもらいました。

ワークフローを整えたり、
「この仕組みをもっとよくしよう」という作業は
サクサク進むんです。

でも、肝心の「外に出す」という作業——
コンテンツを世に出すとか、
何かを作って人に届けるとか——
そっちになると、やっぱり止まる。

自分でもうすうす気づいてはいたんですが、
データを元にまっすぐ言われると、逃げ場がない。

これは「完璧主義」と同じ構造だった

よく考えたら、以前書いた「完璧主義」の話と
まったく同じ構造なんですよね。

完璧主義は、
「失敗しない自分になってからやる」という姿勢。

環境づくりに没頭するのは、
「完璧な環境が整ってからアウトプットする」
という姿勢。

どちらも、本丸(外に出す)を避けて、
周辺作業(準備)でお茶を濁している。

しかもタチが悪いのは、
環境づくりには「やってる感がある」こと。

素振りはしてるから、練習してる気分になれる。
でも試合には出ていない。

これ、なかなか厄介な罠だなと思いました。

ログを取っていたから、気づけた

ただ、今回は気づけた。

それはひとえに、ログを取っていたからです。

日誌をつけていたから、
1週間分のレビューをするデータが残っていた。

それをAIに投げたから、
自分では見えにくい傾向が浮かび上がった。

こうやって外から眺めなければ、
この傾向は永遠に深海に沈んだままだったかもしれない。

ログ×AIというのは、自分の「おなじみのパターン」を
炙り出すのに、なかなかいい仕事をします。

気づいたら、それでいい

自分のことって、自分では見えにくいものです。

毎日やっていることは、空気みたいに透明になっている。

でも、記録を取って、それを誰かに見せるだけで、
「あ、こういう傾向があるんだ」と気づける。

今の時代、その「誰か」はAIでもいいんですが。

気づいたからといって、無理に変える必要はない。
ただ見えた。

それだけでも、まあ、いいかなと。

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