最近、AIがとにかく
賢くなっています。
ChatGPT、Gemini、Claude。
気づいたら選択肢が増えすぎていて、
比較するのも面倒になるぐらい。
僕も普段の作業で、
24時間、文句も言わずに動いてくれる存在として
ガンガン使っています。
さらには「AIエージェント」といって、
自分でタスクを考えて動いてくれるものまで
出てきましたね。
本当に優秀です。
質問すれば、膨大な学習データの中から
いわゆる「平均的な正解」を秒で出してくれる。
ブログの構成案を作ってとか、
難しそうな記事のまとめを作ってとか、
お願いしたらもう一瞬。
でも、使えば使うほど、
ふと立ち止まる瞬間があるんです。
これからの時代、
普通のことなら、
もうAIが当たり前にできてしまうんだな——と。
「平均点で80点」は、AIの指定席になった
これまで僕たちは、
「平均点を取れること」や
「教科書通りの正解をいかに早く出せるか」に
すごく価値を置いてきました。
学校教育もそうですし、
仕事の現場でもそうですよね。
でも、その
「平均点で60〜80点を取るポジション」って、
もうすっかりAIが
一番の適任者になっちゃった。
じゃあ、そんな時代に、
人間に残される価値って
なんだろうと考えると——
やっぱり「普通じゃないこと」、
つまり「外れ値」になるしかない
んじゃないかな、と思うんです。
外れ値というのは、文字通り、
平均からポンと飛び出している部分のこと。
AIの学習データには
絶対に入っていないような、
ひどく偏ったもののことです。
パソコンの設定も、NLPも、惹かれる理由は同じだった
少し、僕自身の話をします。
新しいITツールやシステムを
触り始めると、
どうしても
「裏側の仕組み」が気になってしまうんです。
普通なら
「とりあえず使えればいいや」で
パパっと済ませるところを、
「なんでこういう仕様になってるんだろう」
「どことどこがつながってるんだろう」と
わざわざ時間をかけて深掘りしてしまう。
他人から見たら、
そんなところに時間をかけてどうするの、と
首をかしげるような、謎の執着です。
ふと気づいたのは、
これって別に「IT好き」ということじゃない、
ということ。
昔、NLP(神経言語プログラミング)という、
一種の心理学的な技術体系に
どハマりした時期がありました。
当時それに引き込まれたのも、
今考えると
「脳の取扱説明書」という
紹介のされ方をしていたからなんです。
パソコンの設定も、NLPも、
入り口は全然違います。
でも惹かれていた理由は、
まったく同じだった。
目に見えない裏側の仕組みを知りたい。
そして、その仕組みを使って、
よりよい未来をつくりたい。
ただ、それだけだったんですよね。
誰かに頼まれたわけでも、
お金になるわけでもない。
でも、システムの裏側が
スッと腑に落ちた瞬間に、
言葉にならない気持ちよさがある。
自分でコントロールできる領域が
またひとつ広がった、
という感覚とでもいうか。
「また、やってしまった」——Obsidianに消えた15時間
この衝動、今も全く同じ構造で続いています。
この前なんて、
Obsidianというノートアプリで、
自分がこれまで積み上げてきた図解を
どうやって一覧で表示するか——
その仕組みを整備したくなって。
気づいたら1日で9時間。
うまくいかなくて
何度もスクリプトを調整して、
寝たのは夜中の3時半でした。
翌日も寝不足のまま続きに着手して、
累積でだいたい15時間。
ようやく図解の画像が
ずらっと一覧で並んだとき、
「着々と積み上げてきたな」
という感慨が来たんですが……
冷静に考えたら、
僕が本当に出すべきなのは
「仕組み」ではなく
「コンテンツ」のほうですよね(笑)。
そんなところに15時間もかけてどうするの?
変なこだわりだよね、と
笑われるかもしれないような、謎の執着です。
……見事なまでに、
昔からまったく成長していません。
「設定の沼」の正体が、ようやくわかった
でも、ある時気づいたんですよね。
「なぜ、僕はこんなに設定が好きなんだろう?」と
改めて掘り下げてみたんです。
出てきた答えは、こうでした。
目に見えない裏側の仕組み——
ブラックボックスの動作原理を
解き明かすこと、
そのものに、
抗いがたい快感を感じていた。
しかも、深いところまでは追いたくない、という
独特の境界線もある。
「なぜ電気が発生するのか?」には
あまり興味が湧かなくて、
「電気をどう使えば便利になるのか」を知りたい。
つまり、自分が関与することで
結果を変えられるポイント。
そこの仕様を掴むことに、最高の魅力を感じる。
この衝動の名前を、最近ようやく見つけました。
「この世界の取説クリエイター」
複雑な世界の動作原理を解き明かして、
「人がバグらず、軽やかに生きるための
非公式ガイド」を書き下ろしていく人。
……なんて名乗ると少し大袈裟ですが、
少なくとも自分の中では、
しっくりくる言葉に出会えた気がしています。
「設定ばかりして、何も生み出せない」と
ずっと自分を責めていたんですが、
よく考えたら、その
「設定(システムの掌握)」こそが、
自分の価値の核心だったわけで。
そう気づけただけで、
少し肩の荷が降りた感じがしました。
AIには絶対に出せない「謎の執着」の価値
この「謎の執着」の中には、
自分にしかわからない
強烈な気持ちよさがあります。
システムの裏側が
スッと腑に落ちたり、
自分でコントロールできる領域が増えたりする瞬間の、
あのなんとも言えない爽快感。
誰の役にも立たないのに、
どうしてもやってしまうこと。
なぜか、これだけは
時間を忘れて没頭してしまうこと。
効率や生産性で考えたら、
「無駄」でしかない時間かもしれません。
でも、そうやって泥臭くて
スマートじゃない失敗体験とか、
「なぜかこれだけはどうしても譲れない」という偏愛。
それから、
「なんだかモヤモヤする」という
自分だけの手触りのある違和感。
こういうものって、
絶対にAIの学習データには
入ってこないですよね。
AIは最も効率的な案を出してくれますが、
僕の「謎のこだわり」や「モヤモヤ」までは
出力してくれませんから。
ナヴァルの「特殊知識」と、型にはまることの罠
ナヴァル・ラヴィカントという投資家で、
シリコンバレーの最重要思想家とされる人が、
「特殊知識」というものを提唱しています。
「訓練では身につかない、
その人固有のDNAや成育環境から
生まれた知識」のこと。
AIは大量のデータから学習しますが、
この「特殊知識」は学習できない。
訓練で習得できるようなスキルは、
そもそもAIが得意なのですから。
一方で、僕たちはついつい、
型にはまろうとしがちですよね。
最近だと、MBTIや16タイプ診断とか、
あるいは昔からある星座占いや血液型とか。
自分を何かしらの型に当てはめて、
自分はこのタイプだから仕方ない、と
安心するところ、ないですかね。
でも、AIってまさに
「型の百科事典」なんですよね。
大量のデータから、
一番もっともらしい平均パターンを出すのが
彼らの仕事ですから。
だから、僕たちが
正解の型に当てはまろうとすればするほど、
実は、AIが出す答えに
自分から近づいていってしまう。
みずから、AIの代替品に
なろうとしているようなものなんです。
面白いのが、
Xのアルゴリズム攻略とか
ビジネス書の成功法則みたいなものは
興味はあっても、
なかなか実行する気が起きない。
しんどい努力が必要な割に、
仕様は明日には変わるかもしれない——
という虚無感があるんだと思います。
でも、「脳の取扱説明書」なら
何時間でも没頭できる。
自分の萌えポイントって、
そういう「外れ値」な場所に
あるんですよね。
変なところを、もう少し面白がってみる
むしろ、その型から
思いっきりはみ出した時。
「あれ、自分、ちょっと変かもな」
「これって普通じゃないのかな」って
思わずツッコミを入れたくなるような、
説明のつかない没頭の時間。
そういう時こそが、はじめて
人間が人間らしくなれる瞬間なのかもしれません。
いま、何かの型にはまれなくて悩んでいたり、
周りと同じようにできなくて
つまずいている人がいたら——
それは実は、
あなただけの「外れ値」が
育っているサインかもしれないですね。
無理に平均点を取りにいかず、
自分の「変なところ」や
「無駄なこだわり」を
もう少し面白がってみる。
なかなかいいんじゃないかな、と思います。